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東京家庭裁判所 昭和44年(家)9730号 審判

申立人 川村ヤス(仮名)

遺言者 亡ジョン・スタンレー・ミルン(仮名)

主文

遺言者亡ジョン・スタンレー・ミルンの遺言執行者として東京都新宿区新宿三丁目三八番地新宿中央ビル小島成一法律事務所弁護士中西克夫を選任する。

理由

一  本件申立の要旨は、英国人亡ジョン・スタンレー・ミルンがわが国において死亡し、自筆証書による遺言を残し、申立人は同遺言による受遺者であるので、同遺言につき遺言執行者の選任を求めるというにある。

二  本件記録によれば故ジョン・スタンレー・ミルンはロンドンに生まれて英国籍を有し、若い頃に英国を離れ、ジャーナリストとして中国に永年居住していたものであるが、中国における革命を機に昭和二六年(一九五七年)頃より我国に永住の意思をもつて居住し、○○○○タイムスの記者をしていたが、一九六八年一二月一四日に右住所において死亡したこと、同人は一九六〇年一二月一四日に遺言書を作成したこと、同人には妻子、親兄姉その他の親族が一人もおらず、申立人川村ヤスは同人が上海在留中より同人と生活を共にしており、遺言者は右遺言書により同人所有の動産不動産のすべてを申立人に遺贈していること、遺言者は東京駐在英国領事を遺言執行人に指定したところ、英国領事は遺言執行者への就任を拒否したことが認められる。

三  遺言者の死亡当時の国際民訴概念にもとずく住所が日本にあることが認められる本件の裁判権が日本の裁判所にあり、本件の管轄権が遺言者の住所地たる当裁判所に認められることは疑いがない。

四  遺言の成立効力については、法例二六条により成立時すなわち遺言の意思表示がなされた当時の遺言者の本国法によるべきところ、本件遺言者の本国法たる英法によれば心神の正常な成人が所定の方式に従つて意思表示をなすことにより遺言は成立し、遺言者死亡時の同人所有財産に対して効力を生ずる。方式については、遺言の方式の準拠法に関する法律二条一号二号により遺言者の遺言当時の行為地法あるいは本国法によりうるところ、遺言者の本国法たる英法によれば二人以上の証人の立会いの下に書面に遺言者本人の自筆による署名、あるいはその面前における代理人の署名を付して意思表示をなすことを要する。

本件記録によれば遺言者は成人であることが認められ、遺言当時、同人に心神の正常を疑うに足る事情は認められず、また、方式は証人J・S・モッス、J・B・クラークの二名の立会いの下に遺言者本人の自署によつてなされていることが認められるから、右遺言書は遺言者の本国法の方式にかないかつ実質的要件をそなえているものと認められる。

以上により右遺言はその準拠法に照し適法かつ有効に効力を生じているといえる。

五  本件申立の要旨である遺言執行者の選任は、遺言の成立あるいは効力の問題ではなく、遺言によつて発生すべき相続財産の移転という実質的法律関係、すなわち相続に関する問題といえる。そして、本件記録によれば遺言者の遺産は英国の○○○○銀行東京支店に対する預金債権六三〇万円が存在することが明らかであるから遺言執行者選任申立の利益は認められる。

ところで、法例二五条によると、相続は被相続人の本国法によるべきところ、英法においては、相続に関する国際私法の原則として不動産物権については所在地法、人的財産すなわち不動産以外の権利については被相続人の住所地法によるという原則が確立されているという。

然るときは被相続人所有の遺産のうち、少くとも不動産以外の権利が日本に存することが認められるので、該動産の管理、承継については、被相続人の住所地法によるべきことになる。そして、被相続人の住所がいずれにあるかは英法上の住所概念(domicile)によるべきものと解されるところ、前記認定のとおり被相続人は永年中国に居住していたものであるが、中国における革命それにつづく動乱を避けて亡命同様の情況でわが国に来渡し、永年民間人として生活を営み、日本を終生の地とする意思であつたことが推認できるから、被相続人はわが国に英法上の住所(domicile)を有したものと認められる。然るときは、日本に所在する被相続人に属する不動産以外の権利に関する遺言執行の準拠法として、被相続人の本国法によるべきときその本国法によれば住所地法たる日本の法律によるとしている場合であるから、法例二九条により日本民法を適用すべきものと判断される。

六  以上の次第であるから、本件遺言書については日本民法に基づき遺言執行者を選任すべきところ、指定遺言執行人たる在東京英国領事H・Τ・トンプキンスが就職を拒否したことが認められるので、実体法として民法一〇一〇条、手続法として家審法九条一項甲類三五号、家審規則一二五条を適用し、審理した結果、東京都新宿区新宿三-三八新宿中央口ビル内弁護士中西克也の就任を相当と認め、同人を遺言執行者に選任することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 野田愛子)

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